某月某日
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1月も後半に差しかかったある日、一人の既婚女性が相談にやってきた。息子たちの言動が信じられなくなってしまったという。学校で問題行動を起こす兄弟とのことで、夫からも責められるようになり、息子たちにどう接していいのかわからなくなっている状況だった。
疲れた表情の言葉少なめではじまった相談だったが、徐々に本人のペースとなり最終的には笑顔まで見せられるようになった。約2時間ほどのやり取りのなかで自身の生い立ちまで話してくれた。この時の来店が初で、以降は月に2回ほど通ってくれている。
初回のやり取りで印象に残ったことは、相談者の思う困りごとと現実の困りごとにズレのある点。相談者は息子たちに対してどのように接していいかわからなくて困っているとのことだったが、面談を進めていくうちに考えていた接し方の2択が決められず、現実の困りごととしては「決められない」だった。
人は日々を過ごす中で常に何らかの判断をし続けている。この相談者も生活の中で大なり小なりの判断を適宜行っている中で今回の2択が決められなかった。この日面談を進めていくと仕事の現場やほかの家庭に関する問題でも決められなくなり、結果周囲から責められていることが事実として上がった。
それぞれの「決められない」出来事に対してどのような場面で起こってしまうのか、ある共通点が見られた。相手が男性で、程度こそあれ威圧的な態度を出されると怯えてしまうことだった。この威圧的な態度が怯えにつながり、混乱して責められる仕組みを繰り返してきたとのこと。その期間は約20年。
この相談の落としどころは、責められた後に動けなくなってしまうことの対処方法を見つけ出すことだった。なぜ威圧的な態度を取られることで混乱し動けなくなってしまうのか、その理由も本人なりに話してくれ、相談者自身が置かれている状況について整理ができたとのことだった。現在は相談者で考えた対処方法を試しながら様子を見ている状況で、僕は必要に応じた社会資源も提案しながら見守っている。
「決められない」ことで起こる問題は多く、人に委ねることで問題に巻き込まれたり、思わぬ状況を作っては苦しくなり、自責の念につぶされてしまうことになりかねない。この不健康な環境を少しずつでも手放して、皆様の健康的な時間を取り戻してほしい。
地方の古本屋で行われている、僕の活動記録。
